【拒絶されたと感じるのは、何かをもらおうとしているときだけ】

こんばんは!ドクターパートナーシップです。

 

あなたは、相手に何か良いことをした時に思ったような反応が返ってこなくて、傷ついたり、残念だったり、悲しくなったことはないでしょうか?

僕もよくありました。

なぜそのような気持ちになってしまうのでしょうか?

あなたが傷つけられたとか拒絶されたと感じるのは、何か「してあげている」ふりをしながら、実は密かに相手から何かを「もらおう」としているからです。

相手のためと思ってやっていながら、実は見返りを求める自分がいたということです。

非常に不躾なことを言って大変申し訳ありません。
でも、これは自分のことに当てはめると、とても思い当たる節があるから、正直に申しています。

あなたが傷つけられたとか拒絶されたと思った時に、自分自身に聞いてみましょう。

「私はどんな風に、あの人にしてあげるふりをしながら、実は何かをもらおうとしていたのだろうか」と。

あなたが何も要求していなければ、誰もあなたを拒むことはできません。

だって見返りを求めず、ただ与えているだけなのですから。
相手がどのように反応しようと自分は自分のやりたいようにやっているのであれば、相手の反応は気にならなくないですか?

ちょうど、募金箱に誰かのためになることを願って募金するような感じに似ていませんか?

募金箱の中身がそのあとどこに行ったかはわかりませんよね。
でも、きっとどこかで誰かのためになっているのかなと思っているくらいで、その結果を教えろ!とはならないですよね。

あなたが前に向かって進もうとする時、人に与えることであなた自身が満ち足りていれば、押しやられることはありません。

そんな見返りを求めないあなたには、誰も抵抗できないからです。

そして、欲求を満たすために自分のやり方を押し通そうとしなければ、相手がどんな振る舞いをしようが、あなたにとって全く何の問題にもなりません。

ただ与えることによって愛したい、というのがあなたの望みであれば、それを止めたり拒絶したりできる人は誰もいないのです。

「やりたくてやっている」
そんなあなたには誰も何も言えませんよね。

「これやるから、代わりにあれ頂戴ね」
そのような精神でやった場合、うまくいけば良いですが、
相手が思ったようなことをしてくれない場合、傷ついてしまうのです。

その時にあなたはこう思うのです。
「相手が悪い」と。
「私はやってあげたのに、相手は何も返してくれない」と。

そう思ってしまうと気分も台無しです。

相手が何かしてくれると期待して、自分が与えるということを繰り返していくと、相手が満足な反応をしてくれない度に、自分が傷ついていくのです。

だから、初めから、「ただ与えること」に注力する。
相手の見返りを期待しない。
募金箱に募金するかのように与える。
その上で、与えることで「愛する」ということができれば、
自分は傷つくことはないし、相手には愛を与えることができるし、最強ですよね☺️

いきなりすることは中々難しいことなのかもしれませんが、できるようになればもっと楽しく相手と過ごしていけるのではないでしょうか^^

PS
本日のデザート:31アイスクリーム😍

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大阪育ちの現役産婦人科医・投資家。株式会社Dr. Partnership 代表取締役。産婦人科医院開業準備中。「豊かな人財を家庭内教育で輩出する」をテーマに産婦人科治療に関わりながら、Financial Plannerとして医師を中心に、家族で将来のために堅実に投資する「家族投資」を提案しています。主に医師・看護師・助産師・サラリーマン・経営者の方々のプランニングをしています。資産運用・漫画・旅行・グルメをこよなく愛しています。